
35歳で精神障害者手帳3級を取得した私は、だいぶ無理して選んだ企業で障害者採用が決まり、正社員として働き出したのですが…。
色々あって入社後10ヶ月で、
フルタイムから短時間勤務に切り替えることになりました。
▶ 障害者雇用で正社員として入社したけれど上手くいかなかった話
短時間勤務に切り替えようやく生活が回り始めた
フルタイム勤務が難しくなった私は、6時間の短時間勤務に切り替えてもらいました。
勤務時間が短くなったことで、体調面・精神面ともに、ようやく少し余裕が出てきた感覚がありました。
さらにこの頃、
長時間通勤による負担を減らすため、
会社の近くのアパートへ引越しました。
(もちろん、引越費用はすべて自費です。)

この時点では、
働き方さえ調整すれば、なんとか今の会社で続けていける…
そう思っていました。
少なくともこの時はまだ、
「辞めよう」とは考えていませんでした…。
突然、遠方に住む両親が倒れて入院することに
そんな状況の中で、
予想もしていなかった出来事が起こります。
離れて暮らしていた両親が相次いで病気になり、別々の病院に搬送・入院することになったのです。

そこそこ安定していたメンタルは、ここから急激に悪化していきます…。
眠剤の量と、パニック発作が起きる頻度が増えていきました。
片道4時間の電車移動が始まった
私たちは3人家族で、
他に頼れる親族は一人もいませんでした。
そのため、
両親の主治医から呼び出しがあるたびに私が行くしかない状況でした。
当時の移動距離は、電車で片道およそ4時間。
短時間勤務を続けながら、
有給休暇を使って遠距離を往復する日々が始まりました。

「大変だった」というより、
そうする以外の選択肢がなかった、
という感覚のほうが近かったと思います。
父の他界、母の介護休業が現実になった
この生活が続く中で約1年後、治療の甲斐なく父は亡くなりました。
その後母も治療ができない状態となり、緩和ケアへ移ることになります。
この段階で母は要介護認定を受け、会社の制度上は「介護休業」が取れる状態になりました。

当時の私は、長距離移動で疲れ果てていました。
介護休業が取れるなら、実家に住んで母を看ることができるので、体力的な負担を減らせるな…と思いました。
介護休業を取るという選択に
熟考の末、私は会社に申請し、
介護休業を取得することにしました。
そして、両親が住んでいたアパートへ向かいます。

何ヶ月で職場に戻れるのか、
そもそも戻れるのかどうかも、
この時点ではまったく分かりませんでした…。
このとき初めて「大きい会社でよかった」と思った
正直に言えばこのとき初めて、
会社が大きかったから、
介護休業という選択ができたんだな
そう感じました。
制度がなければこの時点で、働き続けることはできなかったと思います。
ただし、
介護休業を取れたからといって、
不安がなくなったわけではありません。
仕事、生活、将来。
すべてが一度リセットされたような、
そんな感覚の中にいました。
このときの私は、
すべてが落ち着いて、
帰ってきたら立て直せばいい
そう考えていました。

でも実際には、
復職後には別の問題と向き合うことになります…
当時の私が実際に使った「介護休業・介護休暇」については、制度の仕組みや現実的な使いづらさを、別の記事でまとめています。
▶ 【公開前記事】


