不眠症発症から障害者手帳を取得するまで|30代独身ひとり暮らし女子のケース

暗い夜の森のイメージ Uncategorized

この記事は、

  • 仕事が原因で眠れなくなった経験がある
  • 「もう少し頑張れば何とかなる」と自分に言い聞かせてきた
まゆみ
まゆみ

こんなタイプの方に向けて、
私自身の体験を時系列でまとめたものです。


最初にメンタルの症状が出始めたのは、30歳で異業種に転職して半月が経過した頃のことでした。

当時の私は、次のような背景を抱えていました。

  • 転職前は、父が経営する会社で10年間働いていた
  • 経営悪化により、父の会社は倒産した
  • 倒産するまで知らなかったが、
    私は雇用保険に入れてもらっていなかった
  • 雇用保険未加入だったため、
    失業保険を受給できなかった
  • 失業保険がもらえないため、
    ハローワークに行かず一人で転職活動をしていた

このような状況での再就職だったため、
なかなか思うように転職先が決まらず、ようやく決まったのが当時の会社でした。

まゆみ
まゆみ

当時は履歴書の書き方も知りませんでした。

いま思うとだいぶヤバいですが、
応募書類を3つ折りにして送ったりしてました(笑)


初出社から2週間で夜眠れなくなった                                     

苦戦続きのなかようやく決まった再就職先だったため、
「少し合わないくらいで会社を辞める」
という選択肢は、当時の私の中にはありませんでした。

職場環境の中で一番合わなかったのは、
掛かってくる電話の件数が異常に多かったことです。

電話の内容も「ただの問い合わせ」ではなく、
マイナスの感情を抱えたお客さんから、
責めるような言葉を浴びせられることもしばしばでした。

そんな環境は私の特性とまったく合わなかったようで、

入社から半月ほどで夜眠れなくなってしまいました。


睡眠導入剤を貰うために初めて心療内科を受診

フルタイムで働いて、
ひとり暮らしの生活費をまかないたい

それなのに、

夜になるとなかなか寝付けない

これは、当時の私にとって致命的でした。

夜眠れない状態が半月続き、

このままでは仕事を続けられない
生活に困窮してしまう


そう感じた私は、眠れるように薬を出してもらうため、
心療内科を探すことにしました。


補足|心療内科はなかなか初診が取れない

現在も変わっていませんが、
当時の精神科や心療内科も、
多くの そして長期にわたる通院を伴う患者さんを抱えているところが多かったです。

そのため、なかなかすぐに新規患者の受け入れができないところがほとんどでした。

とくに、「心療内科の名医」と呼ばれる先生がいるクリニックにもなると、数カ月先でないと予約が取れないことも珍しくありませんでした。

当時の私も、

  • どこが良いのか分からないまま電話で問い合わせる
  • 予約がいっぱいで他を当たる

の繰り返しでした。

ようやく、
自宅から電車で15分ほど行った先にあるクリニックの初診を取ることができました。

そこで睡眠薬を処方してもらったのが、
心療内科との長いつきあいが始まった瞬間でした。


摂食障害と過呼吸も発症|激ヤセして30kg台に

最初の頃は睡眠障害だけだったのが、

仕事が繁忙期に入ると摂食障害や過呼吸も発症するようになり、いちばん酷かった時期の体重は30キロ台まで落ちていました。

おかずの匂いを嗅ぐと吐き気を催すようになり、お昼はコンビニで買った菓子パンをかじって乗り切っていました。

そんな状態で、だましだまし働き続け、
快方に向かうことがないまま丸3年が経過しました。


最初の体調悪化から休職まで3年掛かった理由

まゆみ
まゆみ

体調が優れない状態のまま3年間も働き続けたのは、
「石の上にも3年」ということわざを信じていたからなんです…

仕事を続けていれば、
この環境にも慣れてくるかも…

そう信じていた私は、
今思えば明らかに異常な状態でしたが、どんどん体重が落ちても頑張り続けていました。

入社から3年が経過しても状況は変わらなかったため、ようやく

「これ以上は無理だ…」
と感じ、上司に休職を願い出ることになります。

結果的に1年弱の休職期間をもらい、旅行に出るなどの気分転換を行いながら、体調の回復に努めました。

この時点で、退職ではなく休職を選んだのは、共に働く「人」には不満がなかったからです。

とても忙しい職場でしたが、同僚や上司には恵まれていると感じていました。

まゆみ
まゆみ

仕事そのものは過酷でしたが、
人には恵まれていた
からこそ、
あのような極限状態にありながらも
仕事を続けられていたのだと思います。


復職して分かった「やっぱり無理だった」理由

上司からの配慮を受け、復職後しばらくは短時間勤務からスタートをしました。

以前から担当していた業務に戻してもらう形で、仕事を再開しました。

復職後数カ月が経過し、仕事に慣れた頃にはフルタイム勤務に戻りました。

しかしその頃、

それまで私が一人で担当していた経理業務について、別の社員にも覚えてもらう流れになりました。

私はその代わり、
以前から強い苦手意識のあった
電話での折衝業務を担当することになりました。

この業務は、私以外の女性社員全員が行っていたものでしたが、私は経理で採用されたために、担当したことがなかったのです。

まゆみ
まゆみ

今思えば、このとき「無理です」と言えなかったことが、再び体調を悪化させ、会社を退職する道へと繋がってしまったと感じています。

当時の私は、
「自分の休職で迷惑を掛けた職場」に、もうわがままは言えないと思っていました。

繁忙期に入ると悪い予想は的中し、 以前と同じような不調に再び襲われました

このとき私は、はっきりと悟ったのです。

  • 私は、
    臨機応変な対応を求められる仕事には向いていない
  • ゴールに向けて、コツコツ進めるタイプの仕事のほうが向いている
  • しかし、
    今の職場環境ではその働き方が難しい

当時の会社を退職した私は、失業保険の受給をするためにハローワークを訪れました。

担当者の方に、退職理由と自身の健康状態について話したことで、

自分が「障害者手帳を取得できる状態にある」ことを知ったのでした。

その頃の私は、34歳になっていました。


💡振り返りポイント

  • 「自分には他に選択肢がない」と思い込んでいた
  • 「眠れない=心配しすぎ、考えすぎなだけ」と思い込んでいた
  • 「休む=逃げ」という価値観が強かった
まゆみ
まゆみ

今なら「もっと早く
立ち止まってもよかった」と思います!


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